塾講師魂〜学ぶ遊ぶひそかに狙う〜

三年目の冬

道。

道を歩いている。

どこにでもありそうな、ごくありふれた道。しかし、僕にとっては大切な道。このままこの道を5分ほど歩いていれば、高校にたどり着く。そこに待つのは、来年度僕を受け入れてくれるかどうかの合格発表だ。

人間生きていれば、人生を左右しかねない状況に立たされることが何度もあると思う。はっきりと自覚できるほどの大きな転機もあれば、自分でも気づかないほど小さな転機もある。

そのような数多くの要素が複雑に絡み合い、形成される私たちの人生という道。そして、5分もすれば僕の進む道が決まってしまうのだ。僕は今、分かれ道に立たされている。それは、180度方向の違う分かれ道かもしれない。

いや、もう考えるのはやめよう。もう道は決まっているのだ。僕が合格しているかどうかは決定していて、僕はその結果を受け入れるために、この道を歩いているんだ。ここであれこれ悩んだところで、何が変わるわけでもない。

何が変わるわけでもない。そう分かっているのに、やはりあれこれ考えてしまう。

もともと、担任の反対を押し切っての受験だった。僕の心は決まっているのに、この高校はどうだあの高校はどうだと、まるで「お前の実力じゃあ受からない」という言葉が口から飛び出す勢いで、別の高校を勧められたものだ。

確かに、学校の成績はぱっとしなかった。だが、試験当日にそれを補えるほどの点数を取る自信があった。事実、模試の結果などもよかったし、それが僕の自信を後押ししていた。

そもそも、入試という場において、大どんでん返しはそう簡単に起こるものではない。自分の感覚で合否は大体想像はつくものだ。それに、入試直後にやった自己採点で、僕の予想得点は例年の合格ラインを上回っていた。合格できる。内心そうだと思い込んでいた。

とはいっても、やっぱり何が起こるかわからない。どうしても、そう思ってしまう。自信があるのだから堂々と合格発表に向かえばいいものを、どうしてもいろいろ考えてしまう。しかも悲しいもので、最悪のケースばかりを想像してしまう。

ダメだダメだ。合格したときのことを考えよう。とりあえず、今日は僕の新たな人生の道が決まる日なのだから、おもいっきり喜べばいいんだ。そうだ、そうだよ。おそらく、あちらこちらで胴上げ大会が行われているだろうから、その輪に混じってはしゃげばいいんだ。

気がつけば、もう高校の正門までたどり着いていた。いよいよか。僕は構内に足を踏み入れ、合格発表の張り出してある場所に向かって歩き始めた。

と、そのときである。僕の目の前に、クラスの同級生が現れた。そうだ、彼もこの高校を受けていたっけ。僕が声をかけようとしたのもつかの間。彼からしゃべりはじめた。

「お、ozonelayerじゃん。お前の受験番号って、133番だったよね?受かっていたはずだよ。」

「え?」

「それじゃあ、俺はもう手続きを終わらせたから帰るよ。じゃあね。」

こうして、僕の合格発表は終わった。この後、自分の目で確かめるべく合格発表を見に行ったら、確かに自分の受験番号があった。

結局、ドキドキしながら自分の番号を探すとか、自分の番号を見つけた瞬間に大喜びするとかを全く体験できなかった。また、僕が見に行った時間はだいぶ遅かったため、胴上げはおろか人すらほとんどいない。感慨に浸ることもなく、僕は手続きをしに事務室へ向かうのであった。

合格発表。それは新たな人生の第一歩となる記念日。おもいっきり喜びをかみしめられる日でもある。それが僕の場合、その権利が友人の一言によって剥奪されてしまったのであった。中学3年生の冬の話である。

ちなみに、その3年後の冬。大学の合格発表において、ドキドキしながら自分の番号を探すまでは体験できたが、その先までは行けずに落ち込みながら帰る僕の姿があった。喜びを堪能できる日はいつ来るのだろうか。